プロフィール


 

「はだしの圭」のニックネームで活動している
宮城県気仙沼市在住のライター、熊谷圭子です。


東日本大震災での被災体験について書き残そうと、
当時の体験を書き綴る作業を続けながら、
心の奥の言葉を聴いて文字にする

「インタビュー&ライティングセッション」、
書いて自分につながるワークショップ、
「震災について話すお茶会」などを各地で開いています。





ケーブルテレビ局で記者、番組制作、

アナウンサーの仕事に携わったのち、

2006年にNHK気仙沼報道室の記者兼カメラマンに転職。


およそ12年にわたってメディアの世界に身を置き、
地元気仙沼のニュースを発信してきました。


NHK在職中の2011年3月、気仙沼で被災。

避難した小学校で
頭が真っ白になりながら何とかカメラを回し、
津波が町を襲う瞬間を映像におさめました。


津波と火災から間一髪で助かったものの住居が全壊し、
避難生活をしながら地元の取材を続ける日々。


そんなある日、
私は突然布団から起きあがることができなくなりました。
洋服に着替える気力も、顔を洗う気力もすべて消え失せ、
1日中パジャマで韓国ドラマをみる日々。
被災後に仕事を再開してから、8ヶ月を迎えたころでした。



私はこのままダメになってしまうのだろうか。?

こんなときに取材ができないなんて、記者失格じゃないか。

何もかも壊れてしまった町で、
これからどうやって生きていけばいいのだろう・・・。



焦りに焦って、動けなくなった自分を責めました。

家族にも仕事の同僚にも迷惑をかけまくっていることは、
わかりすぎるぐらい、わかっていました。


それでも、ただただ休むしかありませんでした。


震災のショックやその後の取材で感じてきた

悲しみや怒り、強烈な痛みが、
思った以上に私にダメージを与えていたのです。


気力で動く限界は、もうとっくに過ぎていました。



それでもゆっくり心身を休めるうちに、
好きなことのために動くことのできる日々が
少しずつ増えてきました。


大好きだった本をまた読み始め、
明るい色の洋服を買い、
10数年ぶりに東南アジアをひとり旅しました。



ああそうだ。
私はこんなことが好きだったんだ。


震災で余儀なくされた休みでしたが、
それは

「本当は何が好きなのか」

「自分はいったい誰なのか」

ということを思い出していく、
私にとって本当に大事な期間になったのです。



そのうち私はふとしたことから、
魂の奥深くに触れる
セッションやワークショップを受けるようになり、
そこでの体験と出会いが
その後の人生を決定的に変えました。



小さいころから、

「人間はどこから来てどこへ行くのか?」

「ピラミッドは誰が何のためにどうやって作ったのか?」


などということを考えたり調べたりするのが大好きだった私の、
必然の流れだったのかもしれません。


全身全霊でセッションに関わるセラピストの人たちや、
ワークで出会った勇気ある仲間たちが
真実の自分に向き合っていく姿を見るたびに、
魂が激しく震えました。



人間は、なんて素晴らしい存在なのだろう。

人の心の奥の奥はなんと愛に満ち満ちているのだろう。

たとえどんな逆境にあっても、人は必ず立ち直っていける存在なのだ。



そして、こう思ったのです。



私も、真実の自分を生きたい。

「いま生きている私たちみんなが、愛と希望そのものなのだ」
という真実を伝えたい。



そう心から思ったとき、
記者の仕事を卒業し、
ライターとして生きていこうと決めたのです。


現在は、震災の体験を書き続けながら、
心の奥にある言葉を優しく聴きだして言葉にする
「インタビュー&ライティングセッション」、

書くことで自分につながるワークショップなどを

各地で開いています。



話を聴くこと、書くことを通して、
少しでもみなさんの真の素晴らしさを
世の中に表すお手伝いができたら
こんなにうれしいことはありません。


「あなただけの物語」を聞かせていただける日を
心から楽しみにしています。